Eros Nakazato


黒倉
KUROKURA
たまさか庵
THE HERMITAGE OF UNEXPECTEDNESS
ゆく玉くる玉
TRANSMIGRATION
たくさんのご来場ありがとうございました。
玉は回廊を4200回巡りました。その距離420kmになります!

ECHIGO-TSUMARI ART TRIENNIAL 2009 No.[252]
2009 JUL 26 - 2009 SEP 13

時間を蓄積した一軒の空家の中を、ガラス玉が廻る。ゆっくりと移動する玉は「家」の風景を移し、
いつの間にか来訪者の意識は、玉とともに家の歴史を旅する。



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下↓の方にALBUMがあります






CONCEPT


ゆく玉くる玉
・・・まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう
しかもわれらは各々感じ 各別各異に生きている・・・

 これは、宮沢賢治の農業芸術概論綱要という、彼の理想世界を描いた文章の中の一節ですが、
広大な宇宙と個の関係というものが、解放感いっぱいに表されていて私の好きなひとつなのです。

 今回の作品プランはここから始まっています。宮沢賢治は、華厳教をはじめとする大乗仏教の
哲学に強く惹かれていたといわれています。華厳経では、私たちの生きている世界この宇宙その
ものが、何ものも欠くことができず、無駄なものはなにひとつない。そして、塵ひとつにも全宇
宙がそなわり、それらはお互いに無礙に交流し合っているという。
 仏教では、物質のこれ以上割れないものを極微(ごくみ)といい、7つの極微が集まって微塵
になると言われています。その大きさはを現代科学ではナノという単位を与えています。もうひ
とつ時間を表すものに「刹那」があります。これは、きわめて短い時間で、指をはじく間に65
刹那あると言われています。

 私は、黒倉の家の前に立ちその来歴を想像してみる。そこには微塵と刹那の集合のかたちがあ
るばかりのようですが。室内に一歩足を踏み入れば、以前の生活の面影が現れてきます。私は、
ここを訪れた人々に、ここの風土に根づいた家の姿かたちを見てほしいのと、家という空ろな箱
に、目に見えない漠とした微塵の棲む気配を感じ取ってほしい、更にまた、そこに立つ自分とい
う存在を対称的に意識してほしいことを願います。そして、この家に「たまさか庵」と名付けま
した。私が、今ここに在ること、そして世界が在る事は、偶然のたまものであると考えます。
そして、偶然にして生まれる一期一会を大切にしたいと思っています。

意識すること、無意識することを助けるための「ゆく玉 くる玉」という装置について。
 眠る玉(微塵)を起動させるキッカケは、あなたの意識と労働。転がる玻璃(ガラス)の玉は
天地左右反転を続ける。その玉は、葉の上の露・雫とちがい、儚く消え入ることはないが、光の
つくる景色を吸い寄せ、玉の内部に投影しては消えてゆく。そのたまゆらの姿は、とどまること
のない川の水の流れのようである。この装置は、坂を転がりゆく玉、ただそれだけのものである
が、玉の使者を走らせるあなたの意識が、玉の受けた光と影に重なり、光の重さとあなたの思い
の重さによって、玉の回転を加速させ、流動する無意識を活性化させるやもしれない。

 私は玉を転がす人を観察してみる、・・・ゆく玉を見送り、一巡して、くる玉を迎え落着すると
深い溜息をついているように見受けられた。きっとそこには何か意識の往還があったのではな
いかと、想像する。玉が運動することが、心に活力を与える「たまふり」の働きとなったのかも
しれない。

 あゝ何もかももうみんな透明だ 雲が風と水と虚空と光と核の塵とでなりたつときに 風も水
も地殻もまたわたくしも それとひとしく組成され じつにわたくしは水や風やそれらの核の一
部分で それをわたくしが感ずることは 水や光や風ぜんたいがわたくしなのだ  
(宮沢賢治 種山と種山ヶ原より)
                                中 里 繪 魯 洲
                                2009年4月23日

たまさか庵の記録
10Apr.'09初めてこの家を訪れる。八海山が東方にある。


萱屋根の修理から始まった。


黒倉の子ども達とのワークショップ  香港からの応援団  

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オープニングに黒倉の子ども達が来てくれた。


黒倉の区長さん  15AUG. 舞踏 酒井 敦+チョコリンガーズ「たまさか」



Jan.2010 積雪4meters!!